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『エール!』 [フランス映画]

雑誌ビッグイシュー10/1発売号に『エール!』エリック・ラルティゴ監督インタビューが掲載されました。本国フランスで公開されるやいなや4週連続第一位となり大ヒットした、ろう者の両親と弟と暮らす高校生のポーラが歌の道を目指す感動物語です。『エール!』は10/31よりロードショー公開。
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『奇跡のひと マリーとマルグリット』 [フランス映画]

ビッグイシュー264号で『奇跡のひと マリーとマルグリット』の主演女優アリアーナ・リヴォアールさんにインタビューしました。盲ろう者のため野生動物のような暮らしをしていた少女が、ある一人の修道女によって「手話」という言語を獲得し、生き方を変えていく過程を、本人もろう者であるアリアーナさんが演じました。
『奇跡のひと マリーとマルグリット』は6/6(土)からシネスイッチ銀座ほかロードショー。
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シスタースマイル ドミニクの歌 [フランス映画]

7/3(土)よりシネスイッチ銀座ほかで公開の『シスタースマイル ドミニクの歌』、フランス映画祭2010で公開の際に、レビューを書いています。http://intro.ne.jp/contents/2010/04/02_1741.html
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いよいよ『キングス&クイーン』 [フランス映画]

イメージフォーラムフェスティバルの会場で『キングス&クイーン』のチラシを見かける。ドゥヴォスが前面に出ているチラシで瞬間、「なんでアルマリックじゃないのー」と思ってしまう。ドゥヴォスは日本で人気があるのだろうか? 彼女は動いている方が数倍いい女優さんであまりチラシのドゥヴォスは可愛くないような気もする。でも男性の目はまた違うらしいからなぁ。
ということで、公式サイトhttp://www.kingsqueen.com/がほぼ完成したようで、1月28日に日仏学院で上映された際に行われたデプレシャン、稲川方人、樋口泰人によるトークが読める。映画を観る前だったのでわざと同時通訳の届かない席に座り、「ヒッチコック」などという単語にだけ反応し勝手に想像を膨らませていたのだったが、予想にたがわずデプレシャンのトークはとても面白い。
「12歳の時に観たのはヒッチコックです。恐ろしいと思ったのと同時に魅了されていました。女性たちがこんなに弱いのは残念だと思いました。女性の主人公がです。最悪のことに直面できないのがおかしいと思ったのです。しかし男性の登場人物たちはすごく恐ろしいものに直面をします。」
この後語られるとおり、デプレシャンはヒッチコックの映画と反対のキャラクターを作る。女の子は最悪の出来事に直面しても泣き言も言わず、男の子はたいして恐ろしい出来事が起きたこともないのにいつも不平を言っている。男女の役割の反転が何よりもこの映画を冒険的でワクワクするものにしていると思う。このように優れた映画作家は過去の映画作家を乗り越えていくものなのだろう。私が以前過去の映画作家を当てはめて「これは○○だ」などということの愚かさ、はしたなさと書いたのはそうやって映画作家が前を向いているのに批評家だけが後ろを向いて喋っても仕方がないだろう、という意味だ。
あともう一点は二つのストーリー、二つのジャンルの話。デプレシャンは悲劇と喜劇が同居することに躊躇する俳優たちに、「徹底的にやれ。そうすればふたつの別々の映画が何らかの形で結びつくだろう」と言ったそうだ。そして「それは賭けだった」と述べる。ちょうどウィラーセタクンの話が昨日出たので無理やり結びつけると、ウィラーセタクンの『トロピカル・マラディ』もたいして関係のない二つの話(こちらはジャンルというよりはトーンがかなり違う)が同居する不思議な映画だった。しかしその二つのストーリー、ジャンルの間の分断が、どうしても空いてしまう隙間が、観客により豊かなものを提供しているのではないだろうか。
私自身「二つのストーリー」というものにずっととりつかれているようだ。コインの表と裏のように、それぞれがそれぞれを照らし出し、より深い次元に、行けるような「二つのストーリー」。
とにもかくにも『キングス&クイーン』、イメージフォーラムで6月中旬より公開だそうです。前売りもそろそろ出回るのではないでしょうか。


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キングス&クイーンふたたび [フランス映画]

吉田喜重特集に通いつめたのがいけなかったのか、風邪を引いたり、ぶり返したり、引越ししなきゃいけなかったりで全く映画を観る暇がないのですが、boid.netで樋口泰人さんが『キングス&クイーン』の公開が6月に決まったことと、公開・宣伝の諸経費に関する経済的困窮について書いていらっしゃるhttp://boid.pobox.ne.jp/contents/diary/boiddiary/boid2006_01.htmから、というわけでもないのですが、何の役にも立たないかもしれませんが、もうちょっと『キングス&クイーン』について書いてみます。
デプレシャンファンの人は当然観にいくからいいとして、デプレシャンと聞いて「ああ、オシャレなフランス映画って感じだよね。ま、いいんじゃん?」みたいな人(って誰さ(笑))にこそ観てほしいなぁと思っています。何故なら、私自身デプレシャン監督の作品で初めて観た『魂を救え!』で「こりゃすごい才能だ」と思ったものの、それ以降のデプレシャン作品にはさほど感心も共感もしてこなかったという事実があるからです。勿論、『二十歳の死』も『そして僕は恋をする』も『エスター・カーン めざめの時』も、悪い映画ではありません。ただ特に突出したものは感じなかったのです。このへん、きちんと言語化するには再見しないと無理なんですが。
そんな私が『キングス&クイーン』を観て感じたのは、何よりも「ああ、この人こういうのがやりたかったんだ」、「大器って本当に晩成するのね」というという深い納得でした。それだけじゃなんのことかわからないかもしれませんが、この映画については、自分なりにもう少しきちんとした形で書きたいと思っています。ただ、その場合前の時代の映画監督を持ってきてそれだけで何か言ったような気になることは避けたいと思っています。そもそも、影響を与えたであろう先行する監督の名前を言い連ねるのは、どこから来た伝統なのか私は詳しくは知りませんが、その後進の方の監督に、才能がないと言っていることとほとんど同じような気がします。いや、言っている人はズバリそういうことが言いたいのかもしれないんですけどね(笑)、その才能のなさは、そんなことしか見抜けない書き手の才能のなさに直接的に跳ね返ってくるような気がします、自戒を込めて言うんですが。
私の考える映画の豊かさとは、細胞のように、分裂し、増殖し、その映画を観た一人ひとりの観客の中でも育っていくようなものです。そんな映画は実は稀なんですが、そんな映画に出遭ってしまったとき、「あれは○○だ」などと呟くことの愚かさを、身を持って知るのではないでしょうか。そう批判したからといって、私がその豊かさを言語化できるとは限らないのですが、その愚かさ、はしたなさだけは、きちんと覚えておきたいような気がします。
とりあえず、『キングス&クイーン』観ようね!!

魂を救え!

魂を救え!

  • 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
  • 発売日: 2003/07/25
  • メディア: DVD


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『キングス&クイーン』再見 [フランス映画]

やっとリージョンフリーのDVDプレイヤーが来たので、アサイヤスの『CREAN』を見直した後、『キングス&クイーン』を再見する。やはり素晴らしいが、続けて観ると『CREAN』との共通点がおのずと際立ってくる。30代中盤の女性が主人公、小さい男の子がいて、その父親は死んでいない、など誰でも気付きそうなことばかり(笑)だけど。
観ているうちにやっぱり今年のベスト1既に決まったかも・・と思ってきて、2年続けてそれはいくらなんでも日仏学院に依存しすぎでしょ、所詮フランスかぶれって言われるよ、などと自分で突っ込みつつ、いいものはいいのだから仕方がない。
ノラ(エマニアル・ドゥヴォス)のモノローグも素晴らしいが、イスマエル(マチュー・アルマリック)の機関銃のようにまくし立てるセリフ、ああやはりフランス語って色気のある言語だよなぁ・・などとうっとりしてしまう。
メロドラマという言葉で片付けてしまうには、マギー・チャンもドゥヴォスも自己犠牲には甘んじない、むしろ「クリーン」ではない女性を演じているのだが、そこがリアリティがあっていいのだろう。これこそが新しい女性の描き方なのかも、などと少し思う。しかし「新しい女性の描き方」なんて言葉自体は胡散臭いし、例えば日本映画で「これぞ新しい女性の描き方」などというキャッチコピーがついていたら、きっと「どうせ腹の立つものなのだろう」などと偏見を持ってしまうのだけれど・・。


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キングス&クイーン/アルノー・デプレシャン(2006.01.28) 日仏学院 [フランス映画]

デプレシャン監督の新作は前々から評判が高く、私も昨年の香港映画祭上映時にそのためだけに行こうかという馬鹿なことを考えたほど。今日も監督のトークショーがあるということで混雑を予想し整理券配布開始の10時前に着くようにする。しかし既にかなりの行列。当初の予定の3時の回は列の半分位で売り切れてしまい、7時半からの追加上映で観ることに。昨年のアサイヤスの時は10時過ぎてても券買えたんだから、アサイヤス監督よりデプレシャン監督の方が人気があるということ? 
時間をつぶすために新宿に戻り『スタンド・アップ』を観ようとするが昨日で上映が終わってしまったということ。人が入らなかったのだろうか(※新宿以外ではまだやってます)。『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』を観ようとするが初日で監督たちの舞台挨拶があるらしく既に立ち見とのこと。あきらめて『フライト・プラン』を観る。「現代の『バルカン超特急』」と言われているらしいが、さほど期待もせずに観たのだが、これが意外と面白かった。確かにまんま『バルカン超特急』のシーンがあるが、ヒッチコックは母親の子供への愛情をこんなにストレートに肯定的に書くことはなかったので、あまり類似は感じられない。中盤種明かしされかけたところで、「もしかして『フォーガットン』の二の舞・・?」と危惧を抱くが、そこから盛り返した。人物消失の謎よりも映画としてのオーソドックスな面白さに戻ったということで、特に映画的に目新しさはないのだが。しかしラストはさすがにカタルシスがある。最近ジョディ・フォスターが役柄や演技の幅がなくなっているのではないかということが少し気になる。
日仏に戻ると、3時の上映の後に予定されている監督のトークショー(お相手は恒例の樋口泰人氏、稲川方人氏)が会場外でも聞けるのとのこと。しかし映画を観る前に批評を読んだりするのが嫌い(先入観を持って観たくない)なので、ちょっと聞いただけで席を立ってしまう。立ち際、「ヒッチコックの窓みたいにしたかった・・」と監督が言っているのが聞こえる。ここでもヒッチコックか。
やっと映画上映開始。映画はエマニュエル・ドゥヴォスのモノローグから引き込まれる。ドゥヴォスとマチュー・アルマリックというだけで、『そして僕は恋をする』を想起するのだが、ドゥヴォスのエピソードに悲劇性があり、アルマリックのエピソードに喜劇性があり、その二つが融合していくこの映画はコミカルでありながら切実な、まさに「人生のような」フィルムになっている。『そして僕は恋をする』からの成熟が窺えるし、多分デプレシャン監督の最高傑作でしょう。
初秋には日本公開が決まっているとのことだが、一時間も行列して九時間半も待たされたのが損したと思わないのは、この後に日仏学院で控えている「人生は小説=物語である アルノー・デプレシャンによる特別セレクション」のせい。エドワード・ヤンの『ヤンヤン/夏の思い出』やマックス・オフュルスの『歴史は女で作られる』、アラン・レネの『プロビデンス』などデプレシャン監督が選んだ全17本が上映される。この映画を観た後では、新たな目で再見し、デプレシャン監督の世界にもう一歩近付くことができるだろう。
帰りは幸せな気分な帰宅。いい映画を観ると、傷ついた心が癒され、生きていく気力が湧くのは何故なのだろう。世の中には映画など必要としない人もいるのに、私はとりあえず観ないと駄目そうだな、などととりとめもなく考える。


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嗚呼!ジャンヌ・モロー(2005.07.08) [フランス映画]

夏風邪が抜けずグズグズと自宅でレポートと格闘していると、BSで「アクターズ・スタジオ・インタビュー」にジャンヌ・モローが出るというので観る。女優がこのシリーズに出たのは確かジュリア・ロバーツとシャロン・ストーンしか観たことないのだが、年を取ってしまった女優さんを観るのはやはり若い頃が綺麗であればあるほどやはり物悲しいものがある・・。特にシャロン・ストーンなんて老けてしまったというよりは、最盛期のオーラみたいなものがなくて物寂しい気がしたものだ・・実際に老けたとか皺ができたというよりも、本人の心持ちの問題なのかもしれないなぁ、などとぐちゃぐちゃと考えていると、早速モローが登場。うわっ、とびっくりする。美しい。全然衰えた印象がない。カトリーヌ・ドヌーブのように不自然なほど皺がないというわけではなく、適度に皺もあるし、以前ほど体型も細くはないのに。何が理由なのだろうと観察したところ、髪形が年寄りじみていなくて華やかなのと、時折見せる笑顔が煌びやかな印象を作っていることを発見する。そして何よりも目の光。彼女の知性と因習を打ち破る強い意志が現れた強い目の光、それは若い頃と全く変わらない。
 それは勿論話ぶりにも現れていて、インタビュアーのセクハラまがいの突っ込み(モローの反応を見たいがための意図的なものだろうけれど)にも怯むことなくしかもユーモアをもって切り返していくところはさすが。こんなに知性的で強かったら結婚生活なんて続かないよ、なんて余計なことを考えてしまう。今回のインタビューではトリュフォーやルイ・マルなど若い頃に出演した監督たちの話というよりは(ロージーの話なんて聞きたかったものだが)、インタビューが行われた当時公開が近かった『デュラス 愛の最終章』についての話がメインで、印象的だった。『デュラス 愛の最終章』はモローがヤン・アンドレアの「M.D」を読んで映画化したいと思ったということ。役作りに関しては実際のデュラスというよりも、本の中のデュラスの世界を体現するように演じたということ。とても納得がいった。デュラスの本の世界がよく現れていると思ったのだ。そして、でも同時にこの老女はデュラスではないと思った。ジャンヌ・モローだ。アルコール中毒にならざるを得なかった脆弱性があの映画のデュラスにはほとんど感じられなかった。あくまでジャンヌ・モローの演じるデュラスになったこと。それはあの映画にとっては欠点だったかもしれない。しかしジャンヌ・モローという女優はそもそもそんな女優だったのかもしれない。どんな役柄でも「ジャンヌ・モローの演じる・・」と枕詞がついてしまうこと。だからこそ彼女の演じる女は、あんなにもスクリーンで煌きを放っていたのかもしれない。
 結婚生活は続かないかも知れないが、年を取ってもこんなにも美しくいられるのなら、知性的で強いのも悪いことではないのかもしれない・・。デュラスの本を枕元に置いて、少し孤独かもしれないけれど、年老いても自然体で、仕事に関わって・・。あーなんだかパリに行きたくなってきちゃったな。

マルグリット・デュラス―閉ざされた扉

マルグリット・デュラス―閉ざされた扉

  • 作者: ヤン アンドレア
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 1993/05
  • メディア: 単行本


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